直希がトイレから戻ると、何やら物々しい雰囲気になっていた。
「西村さん、馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ」
ラジオ体操を済ませた入居者たちが、再び食堂に集まっていた。そこで珍しく、貴婦人山下が声を荒げていた。
「あなたみたいなスケベさんに、あの子たちの世話なんて任せられる訳ないでしょ。このあおい荘で犯罪なんて、勘弁してほしいわ」
「と、とにかく落ち着きましょう、山下さん。はいこれ、食後の紅茶、砂糖多めに入れましたから」
「そうですそうです。山下さん、こんな暑い日に興奮したら疲れてしまいますです」
「ほっほっほ。山下さんは厳しいのぉ」
「全く……」
大きく息を吐いた山下が、つぐみの出した紅茶に口をつける。
「あら……つぐみちゃん、今日の紅茶、いつもとは違うわね」
「え、ええ、そうなんですよ。これはこの前、生田さんの息子さんが持ってきてくれた分なんです。アールグレイです」
「とてもおいしいわ」
「あ……あははははっ」
「つぐみ、何かあったのか」
「な、直希、よかった戻って来てくれて。実はね」
「ナオ坊や。みぞれちゃんとしずくちゃんの面倒、わしが見てもいいかの」
「西村さんが? ああなるほど、そういうことね」
西村の言葉に、山下が思い出したようにまた声を荒げた。
「だから西村さん、あなたはちょっと黙ってなさい」
「山下さん山下さん、そんなに興奮してたら口から火、噴いちゃいますよ。ゴジラみたいに」
「ゴ……うふふふふっ、直希ちゃんったらほんと、よくそんな面白いことがポンポン出て来るわね」
「暑すぎて最近、頭に虫が湧いてるんですよ」
「まあ……うふふふふっ」
どれがツボに入ったのか分からないが、山下が口に手を当てておかしそうに笑う。
「ナオ坊、どうじゃな」